冬の長期休暇で、お城巡りの旅に
出かけました。関東から西を目指します。
愛知県の長篠城を巡り、温泉でまったりしました。
<参考 長篠城をお城巡り、湯谷温泉でまったり!>
次は滋賀県の安土城にお城巡りに行きました。
安土城は標高199mの安土山に築城させた平山城で、
織田信長のお城です。
長篠の合戦の翌年、1576年に築城が始まりました。

3年後に天主が完成し、さらに3年後の1582年、
中国毛利へ出陣途中の明智光秀の謀反により、
信長公は本能寺で自刃します。
49歳だったそうです。
この時、天主・本丸は焼失し、一夜のうちに落城しました。

安土城はテレビでも何度か特集を何度か見たことがあります。
デジャブのような感じです。
小高い山の天辺に安土城がそびえ立っていたそうです。

入口から真っすぐに延びる大手道が存在感が大きい。
長い階段が続くので、杖を貸し出ししていました。

大手道の両脇には配下の武将をを住まわせています。
石段を登ると、すぐに秀吉の屋敷がありました。

屋敷跡は野良積みの石垣の上にあり、門も備えて
長篠の合戦の翌年、1576年に築城が始まりました。
3年後に天主が完成し、さらに3年後の1582年、
中国毛利へ出陣途中の明智光秀の謀反により、
信長公は本能寺で自刃します。
49歳だったそうです。
この時、天主・本丸は焼失し、一夜のうちに落城しました。
安土城はテレビでも何度か特集を何度か見たことがあります。
デジャブのような感じです。
小高い山の天辺に安土城がそびえ立っていたそうです。
入口から真っすぐに延びる大手道が存在感が大きい。
長い階段が続くので、杖を貸し出ししていました。
大手道の両脇には配下の武将をを住まわせています。
石段を登ると、すぐに秀吉の屋敷がありました。
屋敷跡は野良積みの石垣の上にあり、門も備えて
同じように石垣を持った防御が高い造りです。
小さいお城が大手道脇に並んでいるように感じました。

真っすぐな大手道の階段を登りきると。
道は左手に曲がります。だいぶ昇ってきました。

黒金門跡です。

ここからは、安土城の中枢部分で、信長の居住地です。

天主跡が見えてきました。
天主跡、天主と呼ぶのは信長が実際に
小さいお城が大手道脇に並んでいるように感じました。
真っすぐな大手道の階段を登りきると。
道は左手に曲がります。だいぶ昇ってきました。
黒金門跡です。
ここからは、安土城の中枢部分で、信長の居住地です。
天主跡が見えてきました。
天主跡、天主と呼ぶのは信長が実際に
住んでいたからだそうです。安土城以外は
天守と呼びます。

中央に石が並んでいるのは地下1階部分です。
周囲を囲む石垣部分の上部に地上6階の安土城天守が
建てられていました。
石垣の崩壊が進んでいますが、相当大きな建物だったことが
想像されます。

現在は周囲を干拓により陸地となっています。
中央に石が並んでいるのは地下1階部分です。
周囲を囲む石垣部分の上部に地上6階の安土城天守が
建てられていました。
石垣の崩壊が進んでいますが、相当大きな建物だったことが
想像されます。
現在は周囲を干拓により陸地となっています。
当時は琵琶湖の内湖に囲まれて南方のみが
開けた地形でした。内湖とは水路等で
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