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2018年1月6日土曜日

小諸市を観光。小諸城がある懐古園をお城巡り





















連休だったので、上田城にバイクツーリングに行こうと思いましたが
休み前に体調が悪く、熱は下がったものの無理はやめて、
でも、宿は取ってあるので電車で行くことにしました。
まずは小諸城を目指します。

<参考  信州を観光、小諸・上田・松代の旅>

小諸駅から小諸城に向かいます。


小諸城


小諸城主は戦国時代、いろいろ替わってます。
小諸城は戦国時代に武田氏の頃に築城されました。
武田氏が滅びた後は、大河ドラマの真田丸にも出てきます。

織田信長の家臣、滝川一益の領地となり、信長が亡くなると、
北条氏が小諸を奪い、豊臣秀吉が仲裁に入り、徳川氏の領地になります。

秀吉が小田原征伐で北条氏が滅亡した後は、徳川氏が関東に移り、
秀吉の家臣、仙石氏が城主になりました。

関ケ原の戦いでは中山道を進んだ徳川秀忠が小諸城に入り、
真田氏の上田城を攻めました。第二次上田合戦です。

秀忠が上田城攻めの時に腰かけたと言われる石があります。



















仙石氏は江戸時代に初代藩主となり城郭の整備をしました。
1702年に牧野氏が藩主となり明治維新を迎えます。

明治に廃藩置県で小諸城は廃城になりますが、
小諸藩士が資金を集め、本丸跡に神社を祀り、
城内に花木を植え公園にし、『懐古園』と命名しました。



















小諸城は、第二次上田合戦だけでなく
第一次上田合戦の時も徳川軍の基地だったそうです。

徳川本陣は二ノ丸に置かれました。



















小諸城の二の丸跡です。



















廃藩置県の後、本丸に祀られた懐古神社です。



















天守台も残ってました。
三層の天守閣があったそうです。
廃城で取り壊したのではなく落雷で焼失しました。

懐古園を出て線路反対側に、大手門があります。



















明治時代には民間のものになり、小諸義塾の仮教室や
料亭として利用されてきましたが、現在は江戸時代の姿に
復元されています。

小諸城を後にして上田に向かいます。






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